ブログを運営して1年。
突然ですが、カミングアウトします。
私は性同一性障害。
男性として生まれながら、性転換して女性になりました。
未成年のときに。
戸籍を変えたので、職場でもバレずに働いていました。
トランスジェンダーの私が、闇歴史を公表するに至った理由を書きます。
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親の同意書を偽造!タイで性転換した話
「女性になりたい」
未成年の私は、カミングアウトしました。
高校2年生くらいの時です。
小さい頃から育ててきた母は、薄々と気付いていたようで応援してくれました。
母以外の家族には、説明していません。
言えば反対されると思っていたから。
一刻も早く手術をしたかったので、同意を得るプロセスを省きました。
高校3年生の時。
ホルモン療法を開始します。
そして、19歳。
バイトしてお金も溜まったので、タイで性別適合手術を受けることに。
容姿は女性に近づいていましたが、父にはカミングアウトせず。
ナイショで性転換手術を受けます。
「ちょっと出かけてくる~」
説明なしで、そのまま3週間タイに行ってきました。
未成年なので、保護者の同意が必要。
しょーがないので偽造します。
バイト先の先輩に同意承諾書を書いてもらいました。
もしも、カミングアウトして。
同意が得られなかったら、手術ができません。
それを避けるために、事前相談なし。
こうして、同意書を偽造。
一人で心細いですが、タイで手術を受けたわけです。
気になる手術代金は、自腹。
200万円かかりましたね。
手術費用は、高校生の時に飲食店でバイトしたお金を充てました。
戸籍を変えられるのは20歳から。
成人したタイミングで、裁判所に戸籍変更の申し立てをしました。
この時点ですら、母にしかカミングアウトしてません。
戸籍を変えても、父にはノー説明。
「あ、戸籍変わったよー」の事後報告のみですね。
あんまり詳しく話してないので、今でも「うちの次男です」と紹介されます。
戸籍上、次男はどこかに消えたはずなのに。
こうして、名前も戸籍も変更しました。
ノー整形ですが、元男性ということはバレずに今も生活してます。
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性同一性障害をカミングアウトする理由
その後、金融会社やゲーム会社で働きました。
ただ、「元男性」ということは伝えていません。
伝えるメリットもないし、好奇の目にさらされて終わりだと思ってたから。
今までの私は、性同一性障害という過去を汚点だと思っていました。
正直、今でもそれは隠したい部分。
それを知って離れていく人も一定数いるので。
ずっと隠して、一人の女性として生きることがゴールみたいに思ってました。
でも、それって自分の過去を認めてないこと。
昔の自分が大嫌い。
男に生まれた境遇も大嫌い。
だから、自分を愛することもできないです。
「どうせ元男性だし」
他人からそう思われるのも嫌だし、自分でも卑下してました。
いくら外見を女性に近づけても、元男性という過去は消えないから。
劣等感に押しつぶされそうで、今でも辛いと思うときもあります。
元男性ということを口にしたら。
ネガティブな感情とも向き合わなくちゃいけないから。
だから、絶対にカミングアウトしたくありませんでした。
何も言わず、普通の女性として生きること。
それが私の理想でした。
でも、ふとした時に気づくんです。
元男性という自分が嫌いだから、誰にも言いたくないんだと。
結局、どんな姿になっても、私は私という存在を愛していなかったんだと。
生まれて物心ついて。
もう何十年も生きてるけど、私は自分を好きになったことがなくて。
背景にある、元男性というレッテルは永遠に消えないから。
自分という存在を認めてなかった。
過去と向き合いたくないから、ずっと隠して。
自分の全てを愛することができなかった。
私は私を認めるために。
今までの人生、汚点なんて一つもないんだって。
それを言い聞かせるために、ブログでカミングアウトしました。
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悩んで苦しんで生きた経験も誇っていい
私はトランスジェンダーであることを公表しました。
人生の過程で体験した全て。
それを否定して隠したら、いつまでたっても自分を好きになれないから。
無理してカミングアウトする必要はありませんよ。
ただ、悩んで苦しんで生きた経験を『恥』だとは思いたくないから。
そんな経験、すべてひっくるめて自分だから。
過去の自分を受け入れてこそ、今この瞬間を力強く生きられるんだよ。
だから私は、色々あった10代の闇歴史を公表します。
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