「人生なんてクソゲーだ!」
春分の日に、兄がこう言いました。
この世はクソまみれということですね、わかります。
宝くじで3億円当てて、チートによるイージーモードで攻略したい。
ゲームプログラマーが、人生というクソゲーに向き合ってみました。
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模範解答な人生論はうざい
「生きたくても生きられない人もいるよ」
(神様気分で)説教する人がいますよね。
そんなことは言われなくてもわかってるんだよ。
人生はクソゲーで投げたしたくなるくらい『辛い』
辛いことや苦しいことを、ただ聞いて欲しいだけなのね。
模範解答とか求めていないから。
「何で人生がクソゲーだと思うの」
そんな優しい言葉で、一緒になって痛みを共感してみろや。
自分の価値観じゃなくて、相手の価値観で物事を考えてみなはれ。
世の中の大半が、マジメ委員長。
自分が辛いときの、マジメ委員長の発言はイラッときます。
ネコ被りやがって、3回まわってニャンと鳴け、ニャンと可愛く鳴けコノヤロー。
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「なんで生きているの」人生がクソゲーに感じた話
「気づいたら生まれていた」
予備知識もなしで、生きる目的も分からない。
これから何をして、どの選択をしても、誰も『正解』は教えてくれない。
自分の意志もなく、気づいたら生きていただけなんですけどね。
受け入れたくない現実のオンパレード。
80才まで強制参加で、これからも人生に向き合わなきゃいけない。
一点の曇りもなく、「人生は楽しいよ~」と死ぬまで言い続けられる人はいないです。
どこかで気分が落ちます。
「なんで生きているの」
そこでふと思うんですよ。
にっこりと太陽に笑いたいのに、下を向いてしまう毎日。
ゲーム会社で20連勤してたときは、人生なんかクソゲーだと思っていました。
朝起きて、マンションという仕事場に監禁される。
太陽に目もくれずパソコンとにらめっこして、退社時間までひたすらガマン。
家につく頃には家族は眠っていて、お風呂を入って今日も終了です。
人生を捧げたいと思うほど、ゲームを作りたくはありません。
ゲームは作るものじゃなく、遊ぶもの。
原因不明のエラーで、神経をすり減らしていました。
生きなければいけないのなら、ストレスがない生活を送りたい。
体調にも限界を感じていたので、新卒2年目で会社を退職しました。
こうして、気楽にブログを書いています。
100年語り継がれるクソゲーを作ろう
「人生はクソゲーだ!」
グチグチと生きるのは、ココロもスッキリせずに辛いです。
「クソゲーなりに楽しんでやる」
生きるか、死ぬか。
クソゲーを楽しむか、楽しまないか。
選択肢はいつも2択です。
生きなければいけないのなら、クソゲーを楽しみましょう。
今の仕事を続けたいのか。
他にやりたいことがあるのか。
ゲームのようにコンテニューもできない。
(自分が強くて)ニューゲームもできない。
ゴミ仕様だけれど、20代から「人生なんてクソゲーだ」と思うのはもったいです。
どうしたらクソゲーなりに楽しめるのか。
諦めないで、攻略しつづけて下さい。
ポンコツ勇者やイケメン勇者も、前を見て生きよう。
ドロまみれ王女やメダル女学園の生徒も、人生を楽しもう。
ゲームを楽しくできるのは、アナタだけですよ。
100年語り継がれるクソゲーを作りましょう!